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2017年12月29日 (金)

(46)大痛取(オオイタドリ)

オオイタドリ(大痛取)(タデ科) 花期7月~8月ごろ

オオイタドリは、どこにでもある。別名ドングイとかドグイ。ドンガイとも呼んでいる地方もあるみたいだ。このオオイタドリは、とにかく大きい。草丈は2メートルから3メートルにもなる。根もすごい!根絶させるには かなり困難だ。大昔の開拓などは、大変なことだっただろうと思う。だが、最近「痛いところを取る」とかの宣伝文句でサプリメントにまで登場している。

漢方では「虎杖根」と言う名で「通経剤」として使われているのだそうだ。

本州にあるイタドリは、少し小ぶりだ。春の新芽や茎は食用にもなる。

昔は、オオイタドリの葉も、葉タバコの葉の代用として使われていたとか。

私が、子供の頃は オオイタドリの枯れた茎を、竹のように編んで垣根を造っていたのを見たことがある。それは、強い潮風から建物を守り、吹きつける雪のときも すっくと立っている頼りになる強い茎なのだ。昔の人は、厄介者も逆手に取って何でも利用していたのですね。

あの風景は、今は見ることもない、懐かしいイタドリ垣根だ。

国立公園のパークボランティアとしては、いつも「外来種、外来種」と駆除や除去の作業をして在来の植物を守ろうとしているのですが、なんと、このオオイタドリが本州や、外国にも進出して、侵略外来種として困らせているのだそうだ。

「おお、そんな異国で活躍しているのか」なんて、思って ちょっと悪いけど応援したい気持ちにもなる。

花は、雌雄異株。「雄花は、雄々しく上を向いて咲いて、雌花は奥ゆかしくうなだれて咲いているのよ」と言うと「わかりやすいねぇ」と笑う。

そして「雄花の群れと雌花の群れが ずいぶん離れているけど出会いはあるの?」と聞かれて「風媒花だから、雄花側から強い風が吹いて雌花のグループに届けば受粉されるかも」なんて、テキトーなことを言う私です。本当のことは、わかりません。

(俳誌 樺の芽 2018年 1月号)

写真(1)オオイタドリ雄花(稚内)

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写真(2)オオイタドリ(雌花)(稚内市)

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2017年11月29日 (水)

(45)「鬼浜大根」(オニハマダイコン)

オニハマダイコン(鬼浜大根)(アブラナ科) 花期 6月ごろ

2007年ごろだったと思う。海岸の植物を観察していて「あれ、これなぁに?」と、礼文から来た人が肉厚の葉を見つけた。見たこともない葉だった。

「外来種なのかなぁ」とみんなで調べたがわからない。

その後「あれはオニハマダイコンと言う外来種のようです」と言う答えが来た。

海水が来ないところには、あまりない。でも、浜に行くたびに目にするようになってきた。

2014年ごろから、利尻や礼文では「オニハマダイコン除去」をパークボランティアがやっていた。「サロベツ地区では、そんなにも退治するほどはないよね」と、のんびりしていたのだが、2015年、国立公園内の「こうほねの家」に行って驚いた。その浜では在来のハマヒルガオの上を覆い、ものすごく繁殖していた。

それ以来、毎年 パークボランティアが率先して除去作業をしている。3年ほど前から稚内市の私立高校の生徒さんも「自然教育」の一環として お手伝いしてくれている。

毎年「やったぁ!」「採ったど!」と言うぐらい達成感のある量だ。それでも、減らない。

海岸は、どこもオニハマダイコンだらけ。外来種は、すごい!

鬼ではないハマダイコンは、本州や、道南では、見られるようだ。これも、一度見てみたい花のひとつだった。

20164月、私たち夫婦は 延び延びになっていた「金婚旅行」を佐渡島に行くことにした。 

そこで、思いがけなくハマダイコンを見つけた。

母種は「ハツカダイコン」の野生化したものとあるが、除去もされずに、美しく咲いていた。

佐渡は、奇岩が多い。ハマダイコンの花は、それにとても似合っていた。

(俳誌 樺の芽 2017年 12月号)

↓(オニハマダイコンの花)(稚内市)

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↓(ハマダイコンの花)(佐渡島)

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↓(ハマダイコンと奇岩)(佐渡島)

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2017年10月25日 (水)

(44)「長穂の白吾亦紅」(ナガボノシロワレモコウ)

ナガボノシロワレモコウ (長穂の白吾亦紅)(バラ科) 花期8月ごろ

北海道に、特に北の果てにはない花には 憧れを抱く。その中の一つに「吾亦紅」がある。

前田普羅の<浅間越す人より高き吾亦紅>

そのワレモコウとは、ナガホノシロワレモコウよりも草丈があるのだろうか。

そんな、吾亦紅の中を、人は山越えしたのであろうか?

そんな景色を想像してみたものだ。

時代小説が好きな私は、池波正太郎とか宇江佐真理を読む。

よく、花の名前が登場するから好きな作家だ。

「なでしこ御用帖」(宇江佐真理)が、野山で咲く姿が「吾も亦、紅」と、自己主張している花だと書いてありました。その名前にも憧れますね。

それに対して、このナガボノシロワレモコウは、穂は長いし、紅くもない。

白なのに吾も亦、紅?

「吾も亦、白」って言った方がいいのではないだろか、と思ったりする。

だが、ナガボノシロワレモコウは、最果ての秋の景色を いかにも北海道らしくしてくれる。

地味ではあるが、演出力は素晴らしい花だ。

ガイドとか講師をするとき、細い道の長い列になると先頭の講師が花の名前を「伝言ゲーム」のように申し送りするときがある。

そんなとき、こんなにも長い名前の花が、最後まで行くまでには 名前が変わっているときがある。

「ナガノノシレトコワッカナイ」ですって!」

最後の人に大きな声で言うのが聞こえた。

ん?「長野の知床稚内」?

アサギリソウが「アカギレソウ」、オオカサモチが「オオモチガサ」っていうときはあったけど。

これには、大いに笑ってしまった。

(俳誌 樺の芽 2017 11月号)

写真(1)ナガボノシロワレモコウ(稚内市)

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写真(2)ナガボノシロワレモコウの赤っぽい花(稚内市の山の上で見つけた)

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2017年9月27日 (水)

(43)「朝鮮五味子(チョウセンゴミシ)

チョウセンゴミシ(朝鮮五味子)(マツブサ科) 花期6月ごろ

この花は、あまり目立たない。

雄花と雌花は異株。

秋になって「実」が 赤くなって 初めて「チョウセンゴミシ」の存在がわかる。

利尻とか猿払では、見つけたことがあるが、稚内市では、本当に目にすることが出来なくなってしまった。

本州でも、長野県とかにはあるらしい。

夫が、まだ会社勤めをしていた20年以上も前のこと。

サハリンとの往来が頻繁になって 中古車とかが どんどんサハリンに積み込まれた時代があった。

中古車の販売も、担当していた夫に マイフレンドと称しているロシア人が、お礼にと このチョウセンゴミシの果実酒を持ってきてくれたことがある。

この実が、サハリンでは、とにかくいっぱいあると両手を広げて身振り手振りで教えてくれた。

そして「元気モリモリ!」と言って強壮、滋養によいのだとも 笑いながら言っていた。

びっくりでした! こんなにもいっぱいチョウセンゴミシの実があるサハリンに行って見たいと心の底から思ったものだ。

サハリンは、どんだけ、自然が豊富なのでしょうね。

この実を見つけると、稚内からは近くて遠いサハリンを思う。

実は、食べては たいして美味しくないが果実酒にすると なかなかイケる(らしい)

私は、アルコールがまったく駄目なので悔しい。

(俳誌 樺の芽 2017年 10月号)

↓(1)(チョウセンゴミシの花(稚内市)

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↓(チョウセンゴミシの実)(利尻町)

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2017年8月31日 (木)

(42)苗代苺(ナワシロイチゴ)

ナワシロイチゴ(苗代苺)(バラ科) 花期6月~7月 実(8月)

苗代を作るころに「実」をつけるから この名がついたと言う説もある。

田んぼなどないところに育った私は、「ナワシロって何だ?」と思っていたものだ。

親たちも「浜いちご」と呼んでいた。この名の方が通りがいい。

最北では、旧盆の8月中旬ごろから この「浜苺」は食べごろになる。

いつも、浜に行く近道(獣道は子供道)を 小さい笊とか弁当箱を持って行く。

真っ赤な美味しい実は、採っても採ってもある。

浜辺にある草むらは棘だらけ。手足は、傷だらけだ。

そんなことは気にしたことはない。 

採ってきても、何かに使うこともない。ただ食べるだけ。

今、考えると「おやつ」として季節の野の味を楽しんでいたのかも。

このような姿は、何年経っても忘れられないもの一つだ。

この季節になると今も浜に行きたくなる。

「田舎生まれ」「野育ち」をいつも自慢している私。田舎とは、文明的なものもない辺鄙なところをイメージするが、そういうところこそ魅力がいっぱい!

大自然と言うべきかも知れない大草原、大森林。

だが、もう故郷も そんな田舎は存在しないぐらい便利になってきている。

貧しさも、感じられないくらいだ。

草原は、どこも今は「牧草地」になり、浜苺のあった場所も どんどん少なくなっている。

勝手ながらも寂しい。

<毒きのこ一目でわかる山育ち>大石潮三さん(幕別)の句が好きだ。

そうだ「山育ち」も「野育ち」も、自慢していいのだ。

自分にとっての原点だもの。

(俳誌 樺の芽 2017年 9月号)

写真(1)ナワシロイチゴの花(稚内市)

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写真(2)ナワシロイチゴ(実)(稚内市)

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2017年7月27日 (木)

(41)麝香葵(ジャコウアオイ)

ジャコウアオイ(麝香葵)(アオイ科) 花期7月~8月ごろ

幼いとき、我が家では綿羊も飼っていた。20頭ぐらいいたと思う。

綿羊は、弱い動物だから 山犬やヒグマにもやられてしまう可能性があるので 比較的住宅の近くの牧場に放していた(らしい)

綿羊は、草の根元まで食べることから 牧場はまるで刈ったばかりの芝生のようだった。

その牧場に、いきなり白やピンクの花が あちこち点々と咲いた。

それは、見たこともない花だったので、びっくりした。

綿羊は、この花が嫌いだったのか 食べないので その花だけが残っている。

それは、ジャコウアオイと言う花で、ずうっとのちに それは、ヨーロッパ原産の外来種であることがわかった。最北の外来種としては けっこう古い。

誰かがコケコッコバナと言う名前だということを教えてくれた。

花びらを採っては、よく額やほっぺにペタペタふっつけて遊んだものだ。

綿羊の毛は、春に毛刈りをする。その毛刈りをするのを見ているのが好きだった。

そして、その毛は よく洗って干して毛糸を紡ぐ。

毛は、天秤秤に掛けられ「羊毛還元」(だったかな)生地や綿などと交換していたようだ。

母や、父の妹(おばちゃん)たちが、角巻きの色見本を見ながら注文していたのを見たことがある。おばちゃんは、結婚するまで 私が小学校にあがるまで一緒にいた。

今は、滝川に住んでいるおばちゃんは、80代後半になるが、とても美しい字で時々手紙もくれる。

今、父のきょうだいは、二人しかいなくなった。

二人の娘に先立たれたおばちゃん、いつまでも元気でいてほしい。

<如月や音の澄みきる糸車>1994年作

<角巻きは嫁ぐ日近き膝にあり>おばちゃんを想い出して 今作った

(俳誌 樺の芽 2017年 8月号)

↓(写真)ジャコウアオイ (稚内市)

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2017年7月 1日 (土)

(40)蝦夷紫陽花(エゾアジサイ)

エゾアジサイ(蝦夷紫陽花)(ユキノシタ科) 花期7月~8月ごろ

落葉低木のエゾアジサイは、蝦夷地ならどこにでもあるのかと思っていたら意外にも 花の島として知られている利尻、礼文にはない。

だが、稚内、サロベツ、オホーツクには、山奥に行けばどこにでもある。

山道で出会う「青色」と言うより水色の花は目立ちます。

いかにも楚々として涼しげな花。

この花も、ノリウツギと同じく花のように見えるのは「飾り花」と言われるもの。

中心部にあるのが本当の花。

日本のアジサイの原種。

原種だけあって、どのアジサイよりも気品があるように見える。

エゾアジサイの咲く山は、魅力的だ。

特に、中頓別町のピンネシリ岳の登山道は まるで花道のように この花で飾られている。

登山の疲れも この花が癒してくれる。

山奥で、綺麗だなぁ、なんて夢中で花を撮っていると「熊出没注意」の看板が立っていたりする。

ヒグマの出没は、稚内市も最近は本当に多い。

油断大敵だ。のっそりと目の前に現れることだってあり得る。

熊さえ出てこなければ、ゆっくり山道を行きたいところだが さすがに引き返す私です。

熊は、美しい山の守り神なのだ。

づかづかと山奥に入る人間を無言で阻止している。

(俳誌 樺の芽 2017 7月号)

写真(1)エゾアジサイ (中頓別)

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2017年6月 2日 (金)

(39)「繁縷」(ハコベ)

ハコベ(繁縷)(ナデシコ科) 花期5月~10月ごろ

 

最北では、ハコベにもいくつかの種類がある。

ハマハコベやエゾオオヤマハコベに加えて最近は外来種のカラフトホソバハコベが多くなって来た。

昔から、身近にあった「ハコベ」は、私にとって つくづく昭和だ。

ハコベを、畑のふちとか道端から見つけて採ってきて ニワトリに与えるのだ。

ハコベは、ふわふわと柔らかく、いかにもニワトリが好きそうだ。

20羽ほどのニワトリに、浜から拾ってきた帆立貝の殻を砕くことも子供の仕事だった。

キツネやイタチ、山犬などもニワトリ小屋を狙っているときもある。

青大将だって、たまにはやってくる。

子供たちは、ニワトリ小屋の近くで ムシロを敷いて ままごとをして遊ぶ。

それは、さりげなく 番犬ならぬ「番子供」になっていたのかも知れない。

 

ニワトリも特徴のあるものには名前がついている。いや、つけている。

「あ、鶏冠(とさか)割れがいない!」と、誰かがいきなり気づく。

見回わすと、とさか割れは、首を捻られて逆さにつるされていた。

ニワトリを殺すということは誰かお客様が来るということだ。

それも、遠くから来る大事なお客様に違いない。

子供ながら、蕎麦なのか、ライスカレーになるのかと言う勘が働く。

札幌から父のすぐ下の弟がやってきた。

母が蕎麦を打っている。

 

産み立ての卵を集めるため小屋に入ると よくキックしてくれた「とさか割れ」は もういない。だが子供たちには、何事もなかったような翌日がある。

「コッコッコッコー」ハコベを採ってきては小屋に走り寄る。

 

(俳誌 樺の芽 2017 6月号)

写真(1)ハコベ(稚内市)

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(2)(カラフトホソバハコベ)(稚内市)

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2017年4月26日 (水)

(38)大花延齢草(オオバナノエンレイソウ)

(オオバナノエンレイソウ)(大花延齢草)(ユリ科) 花期 5月~6月ごろ

一昨年の秋「全身癌」と診断され余命半年と宣告されてしまった友人。

最期は、自宅で家族と共に過ごそうと「癌治療」も拒否し自宅療養の道を選んだと言う。

私は、そのことも知らなかった。

昨年の四月の末に、旅行から帰ってきたばかりの私を「探していたんだ」と、突然訪ねて来てくれた。

私に「メッセージカード」を作成して欲しいというものだった。

右手が麻痺してしまっているので左手で書いたメーッセージ。

「野の花に魅せられて」と、純白のドレスを身にまとったようなオオバナノエンレイソウが一番好きな花だと書いてあった。

オオバナノエンレイソウの花の写真も私のパソコンの中から一緒に探した。

それは、葬儀の際に香典返しと一緒に配るものだったのだ。

もう、彼は自分の葬儀をプロデュースしていた。

遺影も私の撮ったスナップ写真から選んだ。

私が、葬儀の際に「ネイチャーラブ最北」(野の花を愛する会)を代表して「弔辞」を読ませてもらうことを申し出たら、それを、とても嬉しい顔をして頷いてくれた。

 

最近は、自宅で最期を迎えようとする人も増えてきたようだが、その覚悟を決めた 毅然とした姿に感動した。

67歳と言う、まだまだこれからの年齢の死を惜しむ大勢の人たちに送られて 彼は旅立った。

それも、この大好きなオオバナノエンレイソウが咲き始めた頃に。

私の最期は、どうしようかなぁ。

この「涯に咲く」花たちを綴った 小さな本でも作って 持って行ってもらおうかな。

うう~ん、表紙は「エゾリンドウ」と、利尻っていうのはどうかなぁ。

写真と俳句のコラボのポストカードもいいかな。

辞世の句も、作っておかねば。

不謹慎ながらも、そんなことをちと考えてしまった。

(俳誌 樺の芽 2017 5月号)

1)オオバナノエンレイソウ(稚内)

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2017年3月30日 (木)

(37)「秋田蕗」

アキタブキ (秋田蕗)(キク科) 花期4月~5月ごろ

春、雪が消えると一番先に顔を出すのは、フキノトウだ。

それは、思わず「待ってました!」と声を出したいぐらいの萌黄色。

一面、真っ白だった景色も 太陽のおかげで あちこち地面が出てくる。

それは、本当に躍動の季節の始まりの色。

フキノトウを見つけると、本当に嬉しい。

フキノトウは、アキタブキの芽?と言うか蕾(花)なのだ。

アキタブキは、本州の蕗に比べて大きい。

種類が違うのでしょうね。

「北海道の蕗は美味しいですよね」と本州の人に言われて、いつもの蕗は北海道だけのものだったのかと驚いたくらいだ。

東北の北部にはあるみたいだが 簡単に?蕗が採れる地に住んでいることが嬉しい。

私は、この蕗が大好きだ。夫に「主食か」といわれるぐらい毎日食べる。

フキノトウの天ぷらの蕗味噌も大好きだが、やはり茎の部分が一番好きだ。

必ず、冬用に保存もして「おでん」には必ず登場する。

いつか、フキノトウの呆けたのを「俳句では蕗の姑(しゅうとめ)って言うのよ」と、教えたら「蕗の老婆でしたっけ?」と言われ、姑イコール老婆のイメージだったのかと大笑いした。

<太陽の点呼に応ふ蕗の薹>1999

<倖せは足許にあり蕗の薹>2013

<蕗の薹みどり児の色として温き>2015

 (俳誌 樺の芽 2017 4月号)

(1)フキノトウ(稚内市)

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(2)秋田蕗は、6月にもなれば こんなにも伸びる(猿払村)

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