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2017年10月25日 (水)

(44)「長穂の白吾亦紅」(ナガボノシロワレモコウ)

ナガボノシロワレモコウ (長穂の白吾亦紅)(バラ科) 花期8月ごろ

北海道に、特に北の果てにはない花には 憧れを抱く。その中の一つに「吾亦紅」がある。

前田普羅の<浅間越す人より高き吾亦紅>

そのワレモコウとは、ナガホノシロワレモコウよりも草丈があるのだろうか。

そんな、吾亦紅の中を、人は山越えしたのであろうか?

そんな景色を想像してみたものだ。

時代小説が好きな私は、池波正太郎とか宇江佐真理を読む。

よく、花の名前が登場するから好きな作家だ。

「なでしこ御用帖」(宇江佐真理)が、野山で咲く姿が「吾も亦、紅」と、自己主張している花だと書いてありました。その名前にも憧れますね。

それに対して、このナガボノシロワレモコウは、穂は長いし、紅くもない。

白なのに吾も亦、紅?

「吾も亦、白」って言った方がいいのではないだろか、と思ったりする。

だが、ナガボノシロワレモコウは、最果ての秋の景色を いかにも北海道らしくしてくれる。

地味ではあるが、演出力は素晴らしい花だ。

ガイドとか講師をするとき、細い道の長い列になると先頭の講師が花の名前を「伝言ゲーム」のように申し送りするときがある。

そんなとき、こんなにも長い名前の花が、最後まで行くまでには 名前が変わっているときがある。

「ナガノノシレトコワッカナイ」ですって!」

最後の人に大きな声で言うのが聞こえた。

ん?「長野の知床稚内」?

アサギリソウが「アカギレソウ」、オオカサモチが「オオモチガサ」っていうときはあったけど。

これには、大いに笑ってしまった。

(俳誌 樺の芽 2017 11月号)

写真(1)ナガボノシロワレモコウ(稚内市)

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写真(2)ナガボノシロワレモコウの赤っぽい花(稚内市の山の上で見つけた)

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2017年9月27日 (水)

(43)「朝鮮五味子(チョウセンゴミシ)

チョウセンゴミシ(朝鮮五味子)(マツブサ科) 花期6月ごろ

この花は、あまり目立たない。

雄花と雌花は異株。

秋になって「実」が 赤くなって 初めて「チョウセンゴミシ」の存在がわかる。

利尻とか猿払では、見つけたことがあるが、稚内市では、本当に目にすることが出来なくなってしまった。

本州でも、長野県とかにはあるらしい。

夫が、まだ会社勤めをしていた20年以上も前のこと。

サハリンとの往来が頻繁になって 中古車とかが どんどんサハリンに積み込まれた時代があった。

中古車の販売も、担当していた夫に マイフレンドと称しているロシア人が、お礼にと このチョウセンゴミシの果実酒を持ってきてくれたことがある。

この実が、サハリンでは、とにかくいっぱいあると両手を広げて身振り手振りで教えてくれた。

そして「元気モリモリ!」と言って強壮、滋養によいのだとも 笑いながら言っていた。

びっくりでした! こんなにもいっぱいチョウセンゴミシの実があるサハリンに行って見たいと心の底から思ったものだ。

サハリンは、どんだけ、自然が豊富なのでしょうね。

この実を見つけると、稚内からは近くて遠いサハリンを思う。

実は、食べては たいして美味しくないが果実酒にすると なかなかイケる(らしい)

私は、アルコールがまったく駄目なので悔しい。

(俳誌 樺の芽 2017年 10月号)

↓(1)(チョウセンゴミシの花(稚内市)

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↓(チョウセンゴミシの実)(利尻町)

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2017年8月31日 (木)

(42)苗代苺(ナワシロイチゴ)

ナワシロイチゴ(苗代苺)(バラ科) 花期6月~7月 実(8月)

苗代を作るころに「実」をつけるから この名がついたと言う説もある。

田んぼなどないところに育った私は、「ナワシロって何だ?」と思っていたものだ。

親たちも「浜いちご」と呼んでいた。この名の方が通りがいい。

最北では、旧盆の8月中旬ごろから この「浜苺」は食べごろになる。

いつも、浜に行く近道(獣道は子供道)を 小さい笊とか弁当箱を持って行く。

真っ赤な美味しい実は、採っても採ってもある。

浜辺にある草むらは棘だらけ。手足は、傷だらけだ。

そんなことは気にしたことはない。 

採ってきても、何かに使うこともない。ただ食べるだけ。

今、考えると「おやつ」として季節の野の味を楽しんでいたのかも。

このような姿は、何年経っても忘れられないもの一つだ。

この季節になると今も浜に行きたくなる。

「田舎生まれ」「野育ち」をいつも自慢している私。田舎とは、文明的なものもない辺鄙なところをイメージするが、そういうところこそ魅力がいっぱい!

大自然と言うべきかも知れない大草原、大森林。

だが、もう故郷も そんな田舎は存在しないぐらい便利になってきている。

貧しさも、感じられないくらいだ。

草原は、どこも今は「牧草地」になり、浜苺のあった場所も どんどん少なくなっている。

勝手ながらも寂しい。

<毒きのこ一目でわかる山育ち>大石潮三さん(幕別)の句が好きだ。

そうだ「山育ち」も「野育ち」も、自慢していいのだ。

自分にとっての原点だもの。

(俳誌 樺の芽 2017年 9月号)

写真(1)ナワシロイチゴの花(稚内市)

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写真(2)ナワシロイチゴ(実)(稚内市)

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2017年7月27日 (木)

(41)麝香葵(ジャコウアオイ)

ジャコウアオイ(麝香葵)(アオイ科) 花期7月~8月ごろ

幼いとき、我が家では綿羊も飼っていた。20頭ぐらいいたと思う。

綿羊は、弱い動物だから 山犬やヒグマにもやられてしまう可能性があるので 比較的住宅の近くの牧場に放していた(らしい)

綿羊は、草の根元まで食べることから 牧場はまるで刈ったばかりの芝生のようだった。

その牧場に、いきなり白やピンクの花が あちこち点々と咲いた。

それは、見たこともない花だったので、びっくりした。

綿羊は、この花が嫌いだったのか 食べないので その花だけが残っている。

それは、ジャコウアオイと言う花で、ずうっとのちに それは、ヨーロッパ原産の外来種であることがわかった。最北の外来種としては けっこう古い。

誰かがコケコッコバナと言う名前だということを教えてくれた。

花びらを採っては、よく額やほっぺにペタペタふっつけて遊んだものだ。

綿羊の毛は、春に毛刈りをする。その毛刈りをするのを見ているのが好きだった。

そして、その毛は よく洗って干して毛糸を紡ぐ。

毛は、天秤秤に掛けられ「羊毛還元」(だったかな)生地や綿などと交換していたようだ。

母や、父の妹(おばちゃん)たちが、角巻きの色見本を見ながら注文していたのを見たことがある。おばちゃんは、結婚するまで 私が小学校にあがるまで一緒にいた。

今は、滝川に住んでいるおばちゃんは、80代後半になるが、とても美しい字で時々手紙もくれる。

今、父のきょうだいは、二人しかいなくなった。

二人の娘に先立たれたおばちゃん、いつまでも元気でいてほしい。

<如月や音の澄みきる糸車>1994年作

<角巻きは嫁ぐ日近き膝にあり>おばちゃんを想い出して 今作った

(俳誌 樺の芽 2017年 8月号)

↓(写真)ジャコウアオイ (稚内市)

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2017年7月 1日 (土)

(40)蝦夷紫陽花(エゾアジサイ)

エゾアジサイ(蝦夷紫陽花)(ユキノシタ科) 花期7月~8月ごろ

落葉低木のエゾアジサイは、蝦夷地ならどこにでもあるのかと思っていたら意外にも 花の島として知られている利尻、礼文にはない。

だが、稚内、サロベツ、オホーツクには、山奥に行けばどこにでもある。

山道で出会う「青色」と言うより水色の花は目立ちます。

いかにも楚々として涼しげな花。

この花も、ノリウツギと同じく花のように見えるのは「飾り花」と言われるもの。

中心部にあるのが本当の花。

日本のアジサイの原種。

原種だけあって、どのアジサイよりも気品があるように見える。

エゾアジサイの咲く山は、魅力的だ。

特に、中頓別町のピンネシリ岳の登山道は まるで花道のように この花で飾られている。

登山の疲れも この花が癒してくれる。

山奥で、綺麗だなぁ、なんて夢中で花を撮っていると「熊出没注意」の看板が立っていたりする。

ヒグマの出没は、稚内市も最近は本当に多い。

油断大敵だ。のっそりと目の前に現れることだってあり得る。

熊さえ出てこなければ、ゆっくり山道を行きたいところだが さすがに引き返す私です。

熊は、美しい山の守り神なのだ。

づかづかと山奥に入る人間を無言で阻止している。

(俳誌 樺の芽 2017 7月号)

写真(1)エゾアジサイ (中頓別)

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2017年6月 2日 (金)

(39)「繁縷」(ハコベ)

ハコベ(繁縷)(ナデシコ科) 花期5月~10月ごろ

 

最北では、ハコベにもいくつかの種類がある。

ハマハコベやエゾオオヤマハコベに加えて最近は外来種のカラフトホソバハコベが多くなって来た。

昔から、身近にあった「ハコベ」は、私にとって つくづく昭和だ。

ハコベを、畑のふちとか道端から見つけて採ってきて ニワトリに与えるのだ。

ハコベは、ふわふわと柔らかく、いかにもニワトリが好きそうだ。

20羽ほどのニワトリに、浜から拾ってきた帆立貝の殻を砕くことも子供の仕事だった。

キツネやイタチ、山犬などもニワトリ小屋を狙っているときもある。

青大将だって、たまにはやってくる。

子供たちは、ニワトリ小屋の近くで ムシロを敷いて ままごとをして遊ぶ。

それは、さりげなく 番犬ならぬ「番子供」になっていたのかも知れない。

 

ニワトリも特徴のあるものには名前がついている。いや、つけている。

「あ、鶏冠(とさか)割れがいない!」と、誰かがいきなり気づく。

見回わすと、とさか割れは、首を捻られて逆さにつるされていた。

ニワトリを殺すということは誰かお客様が来るということだ。

それも、遠くから来る大事なお客様に違いない。

子供ながら、蕎麦なのか、ライスカレーになるのかと言う勘が働く。

札幌から父のすぐ下の弟がやってきた。

母が蕎麦を打っている。

 

産み立ての卵を集めるため小屋に入ると よくキックしてくれた「とさか割れ」は もういない。だが子供たちには、何事もなかったような翌日がある。

「コッコッコッコー」ハコベを採ってきては小屋に走り寄る。

 

(俳誌 樺の芽 2017 6月号)

写真(1)ハコベ(稚内市)

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(2)(カラフトホソバハコベ)(稚内市)

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2017年4月26日 (水)

(38)大花延齢草(オオバナノエンレイソウ)

(オオバナノエンレイソウ)(大花延齢草)(ユリ科) 花期 5月~6月ごろ

一昨年の秋「全身癌」と診断され余命半年と宣告されてしまった友人。

最期は、自宅で家族と共に過ごそうと「癌治療」も拒否し自宅療養の道を選んだと言う。

私は、そのことも知らなかった。

昨年の四月の末に、旅行から帰ってきたばかりの私を「探していたんだ」と、突然訪ねて来てくれた。

私に「メッセージカード」を作成して欲しいというものだった。

右手が麻痺してしまっているので左手で書いたメーッセージ。

「野の花に魅せられて」と、純白のドレスを身にまとったようなオオバナノエンレイソウが一番好きな花だと書いてあった。

オオバナノエンレイソウの花の写真も私のパソコンの中から一緒に探した。

それは、葬儀の際に香典返しと一緒に配るものだったのだ。

もう、彼は自分の葬儀をプロデュースしていた。

遺影も私の撮ったスナップ写真から選んだ。

私が、葬儀の際に「ネイチャーラブ最北」(野の花を愛する会)を代表して「弔辞」を読ませてもらうことを申し出たら、それを、とても嬉しい顔をして頷いてくれた。

 

最近は、自宅で最期を迎えようとする人も増えてきたようだが、その覚悟を決めた 毅然とした姿に感動した。

67歳と言う、まだまだこれからの年齢の死を惜しむ大勢の人たちに送られて 彼は旅立った。

それも、この大好きなオオバナノエンレイソウが咲き始めた頃に。

私の最期は、どうしようかなぁ。

この「涯に咲く」花たちを綴った 小さな本でも作って 持って行ってもらおうかな。

うう~ん、表紙は「エゾリンドウ」と、利尻っていうのはどうかなぁ。

写真と俳句のコラボのポストカードもいいかな。

辞世の句も、作っておかねば。

不謹慎ながらも、そんなことをちと考えてしまった。

(俳誌 樺の芽 2017 5月号)

1)オオバナノエンレイソウ(稚内)

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2017年3月30日 (木)

(37)「秋田蕗」

アキタブキ (秋田蕗)(キク科) 花期4月~5月ごろ

春、雪が消えると一番先に顔を出すのは、フキノトウだ。

それは、思わず「待ってました!」と声を出したいぐらいの萌黄色。

一面、真っ白だった景色も 太陽のおかげで あちこち地面が出てくる。

それは、本当に躍動の季節の始まりの色。

フキノトウを見つけると、本当に嬉しい。

フキノトウは、アキタブキの芽?と言うか蕾(花)なのだ。

アキタブキは、本州の蕗に比べて大きい。

種類が違うのでしょうね。

「北海道の蕗は美味しいですよね」と本州の人に言われて、いつもの蕗は北海道だけのものだったのかと驚いたくらいだ。

東北の北部にはあるみたいだが 簡単に?蕗が採れる地に住んでいることが嬉しい。

私は、この蕗が大好きだ。夫に「主食か」といわれるぐらい毎日食べる。

フキノトウの天ぷらの蕗味噌も大好きだが、やはり茎の部分が一番好きだ。

必ず、冬用に保存もして「おでん」には必ず登場する。

いつか、フキノトウの呆けたのを「俳句では蕗の姑(しゅうとめ)って言うのよ」と、教えたら「蕗の老婆でしたっけ?」と言われ、姑イコール老婆のイメージだったのかと大笑いした。

<太陽の点呼に応ふ蕗の薹>1999

<倖せは足許にあり蕗の薹>2013

<蕗の薹みどり児の色として温き>2015

 (俳誌 樺の芽 2017 4月号)

(1)フキノトウ(稚内市)

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(2)秋田蕗は、6月にもなれば こんなにも伸びる(猿払村)

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2017年3月 2日 (木)

(36)「谷地梻」(ヤチダモ)

ヤチダモ(谷地)(モクセイ科) 花期7月~8月ごろ

ヤチダモは、愛想がない。春は、一番遅く葉が出て、秋は、葉も黄色く色づいたと思ったとたんに落ちてしまう。大木にもなる。

真冬の裸木になった姿が好きだ。

この北の果ての開拓の厳しさを誰よりも知っているかのような姿が。

枝先の太さが父の指のようにも見える。

父は、グローブのような大きな手で、大工仕事も、機械いじりも、何でも出来た。

私たちのスキーも橇も作ってくれた。

そんな太い指先なのに、細かいことも得意だ。芋堀りの時に使う籠もササタケを割って作る。

その、籠を網んでいる傍らの薪ストーブの上では母の作った芋だんごが焼けている。

ふるさとを想うとき、いつも この冬の光景が目に浮かぶ。

私たち(女8人に男1人)は、あの太い指で育てられたのだ。

晩年の父は、脳梗塞を煩ったのちも筋肉質の身体と太い指はそのままだった。

娘たちは、時々やってきては母に仕立てて貰う着物の話ばかりしている。

それを見ながらも、いつも何も言わず どっかりと椅子に座っている父。

娘たちの、他愛もないばかばかしい話が聞こえると 時々 小さく笑う。

明治452月生まれの父は、身長は 今で言う183cm以上はあった。 

着るものも、靴も 昔は特注だった。

その体躯は、最後に生まれたたった一人の男の子 弟がそっくりだ。

昨年5月 十七回忌を迎えた。

<裸木や病みても太き父の指>(1988年作)

<白玉や泣きごと見抜く実家の梁>(1989年作)

<漆黒の父が生きてる夏座敷>(1995年作)

<如月や椅子の軋みは父の音>(2016年作)

(俳誌 樺の芽 2017 3月号)

(1)冬のヤチダモ(幌延町)

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(2)夏のヤチダモ(幌延町)

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(3)ヤチダモの雄花(稚内市)(雄の木と雌の木がある)(雌花は、少し遅れて咲く)

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2017年1月25日 (水)

(35))「四葉鵯」(ヨツバヒヨドリ)

ヨツバヒヨドリ(四葉)(キク科) 花期7月~8月ごろ

葉が茎を囲んで四枚輪生していることから「四葉」と、言われているが たまには三枚葉とか五枚葉とかのものもある。

ヒヨドリが鳴くころに咲くと言う説もある。

ヒヨドリ、夏期間は、最北ではあまり見かけないが この花が咲くと私の昆虫撮りも始まる。

この花は、よく蝶やら蜂やらが寄ってくる 一番の人気の花。

蝶の図鑑も、ほとんどがこの花に止まっている写真だ。

知り合いの、昆虫の研究家の案内をしたときも、先ず、この花のたくさん咲いているところに行ってみた。

その日は、風も強い日だったので、沢すじと言うか谷間にある比較的風が弱い場所に行った。

8月でもあったことから 虫たちがよく来るイケマ、ハンゴンソウも咲いていて文字通り花を添えていてくれた。

ミヤマカラスアゲハ、ヒョウモン蝶の仲間などがいっぱい飛んでいて 案内役の面目を果たすことが出来た。

研究家とは、目の付け所が鋭い。私も、とても勉強になった。

いつも、私が何気なく撮っている虫たちは、北方系の貴重な虫が多いのだということも知った。

私も、この花に止まっている蝶や虫たちを たくさん撮っている。

あの渡りをする蝶「アサギマダラ」も礼文島で撮ったことがある。

利尻島でも、撮ったことがある。

礼文の人も、利尻の人も「あ、今年も見ましたか?」なんて、軽く言っていた。

有名な珍蝶なのに、けっこう、見られるようだ。

笑ってしまうのは、この花もくたびれて来たら誰も寄ってこないってこと。

虫たちも正直なものだ。

(俳誌 樺の芽 2017 2月号)

(1)ヨツバヒヨドリとクジャクチョウ (稚内市)

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(2)ヨツバヒヨドリとアサギマダラ(礼文町)

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